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日常の徒然ワイス博士の前世療法の思い出4
前回は他の療法を平行して催眠療法を伝えている大塚先生の講座を受けた話をしました。(前回)
大塚先生は私が参加したかったワイス博士が来日公演をされた際に企画運営に携わっていたとのことと、実際にアメリカでワイス博士の元で学ばれました。
先生の講座は5日間あり、練習で4回催眠療法を受けます。催眠療法の楽しさを実感しながら、私も前世からのメッセージはどんなものだろうか、と楽しみにしていました。
最初のお試しで出てきた前世はベルギーの民族衣装を身に纏った17歳の女の子でした。その子はフランスへお使いに来ており、その時ちょうどフランスでお祭りが催されていた時でした。お試しなのでここで終わり、この場面を見て私は「だからハウステンボスが好きなのか」となんとなく納得しました。
小学校ぐらいだったか、その時に家族でハウステンボスに行ってからというもの大人になってからハウステンボスに毎年1回は行くくらいに好きになっていました。九州内のテーマパークと言えばグリーンランドや今は無きスペースワールドもあったはずなのですが、何故かハウステンボスが好きでした。
また練習で見た次の前世はフランスの9歳の少年でした。ボロボロの服を身にまとい、街路をふらふらと歩きながらお腹を空かせ、ご飯がないか探していました。
生まれてから父・母・兄・自分と家族仲良く過ごし、幸せだったはずですが、父親が死んでから雲行きが怪しくなり。母も今後の生活への不安から半狂乱になり、子供は口減らしも兼ねて捨てられました。なんとか捨てられている食べ物を探して食いつないできました、9歳のその街路を歩いている途中で力が尽きて亡くなりました。
この時に少年の思いとしては「おなかがすいた」という気持ちだけでした。私自身食べることが好きであり、ご飯を食べるなら美味しいと思うものをおなか一杯食べたいという欲が強いです。そのため、その気持ちを知ると「だから私は食い意地があったのか」と納得しました。
その次の練習で出たのはイギリスの自警団の青年でした。昔から喧嘩っ早く振られた喧嘩はすぐに買っては顔も体もボロボロになってました。そのまま街を守りたいという気持ちから自警団に入り、危ない人を見つけては捕まえに行っていました。とある夜に見回りをしていた時、後ろから背中を刺され、その刺し傷が化膿し、1年間痛みに耐えつつ、てんかんのような症状を起こし、亡くなりました。
この青年はとても正義感があり、自分が見ていた景色を守りたいこのままであってほしいという気持ちがありました。ここで私が納得したものは、私は疲れかストレスが出てくると刺された場所と同じ背中が脈を打つように痛くなることが多々ありました。ここと繋がるのかぁ、と不思議と思いました。
そしてラストの練習で出てきたのはドイツの科学者でした。軍人の父とそれを支える恰幅の良い母。その二人の間に生まれた子供はずっと本を読んでいる子でした。学校の授業で生物の話を聞いている内に生物学の勉強をしていました。大学もその系統の勉強をしており、教授から自分の実験に付き合ってくれ、と言われその助手をしていました。そして自宅で講座を行っている学者の話を聞きに行ったり、自分のやりたい研究をしていた中、36歳の時でした。町の中を歩いている時に爆発に巻き込まれ、瓦礫が頭に直撃して亡くなりました。
彼の思いは「もっと研究をしたかった」ということでした。今の自分の人生と合わせて考えても、この思いの影響が強かったのだと改めて思いました。
練習の前世療法でも私のルーツに繋がるイメージが湧いていたことがとても不思議な感覚でした。
前世を実証できるものはないですが、それでも「納得ができる」ということがとても大きいものなのだということを実感しました。
また、前世の一生を見た後、精霊と言われるマスターとの会話もあります。
このマスターもワイス博士のキャサリンの事例では様々なマスターがいましたが、私の感覚としてはハイヤーセルフに近いものにも感じました。
内なる自分との会話をする、ということは今の時代とても貴重な体験だと思います。
この体験を様々な人が体験できたら良いな、そう思いました。