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日常の徒然ワイス博士の前世療法の思い出5
講座での前世で何となく自分のルーツを知ることができました。(前回)
そして後日、練習ではなく本格的に前世療法を受けました。
と、いうのも日常において、夫との喧嘩を久々に行い、仕事でも精神的につらいこともありました。
その際に自分の考えとして、「それでも我慢しないといけない」「何故自分ばかりが我慢しないといけないのか」「自分の行いはどうせ誰も見ていない」というものがありました。
その原因を探るために本格的に催眠療法を受けました。
催眠に入り、その原因を見ていくと、ローマ帝国時代くらいの青年が出てきました。
その青年は、幼少期に両親が病気により亡くなり、町を転々としながら盗みを生業にして生きていました。盗みの理由も働く術がなく、それでも生きていくために盗みに手を付けていたのでした。
それでも店の人は少年を警戒していたため、盗んだ瞬間にその手を掴み、罰するために手を切ろうとしていました。
その場面に出くわした建築家の男性がその少年を助け、男性には息子が居なかったため、自分の跡継ぎにするために養子にしました。
そこから少年は養父に恩義を感じ、青年になっても養父に認めてもらうためにひたすら建築の勉強をしました。その姿を見ていた養父も青年に対して期待を寄せていました。しかし、それを面白くないと思っている弟子達もいました。
ある時青年は建築で重大なミスをしました。そのミスにより養父は青年に対して罵倒し、これまでの関係までも否定をしてきたことで、青年は怒りに任せて養父を殴り、そのまま家を出ていきました。
家を出た先に行ったのは山の森の中でした。頭を冷やすために湖に頭を入れて冷静になったものの、これまでの頑張りも全て否定され、青年は気力がなくなってしまいました。
そのまま青年は父親が居た街には戻らず、山の洞穴で生活を数年過ごしました。時には別の町に行き培った建築技術で家の補修を手伝い、報酬を貰うというその日暮らしの生活をしていました。少年の時に使っていた盗みの技術は使わず、食い扶持を稼げる技術を持ちながらそれには感謝していました。しかし、青年が思っていたのは「自分は何のために生きていたのだろう」という気持ちもありました。
そして30代後半。感染症にかかった青年は身体が弱っていくのを感じつつ洞穴の中で亡くなりました。
青年の一生を振り返る中、青年は自分自身の人生を「人の為に生きた人生だった」「自分のために生きれなかったのか」と後悔に近い感情がありました。また、私の人生も重ね、青年からは「似たようなことになっている」というメッセージを受け取りました。
その後ソウルメイトやマスターとの会話を行いました。
人のため、特に養父のために生きた青年はその養父からこれまでの関係を否定されたことにより、相当な裏切りを感じたことが一番の心の傷だったのか、と思いました。
この前世が本当かは分からないですが、実際に私の人生の中で特にプライベートにおいて、この養父と青年の関係が必ず事象として起こっていました。
これが現実に前世のイメージが投影されていたのか、前世に現実を投影していたのか不思議な現象ですが、潜在意識はその観点を持つようにメッセージを渡してきたのだと思います。
そして何を知らせていたのか。「悪循環になっていることに客観的に気付き、手放す」ことを知らせていました。
その後はまだ不公平感はありますが、不思議と前ほど執着に近いものは減りました。
これでまた私の中で前世療法の魅力を感じたのは言うまでもありません。